おりくの覚書

2008年6月双子の母になった育児記録。

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昨日は、父の法事でした。私が中学生の時に他界した父。
”じいじが生きてたら、うーやんのーやんをかわいがってしょうがないだろうねえ。”と、いつも母が言う。
私も、そう思う。私自身、父にとてもかわいがってもらった思い出がたくさんあるから。
”あんたはホントにお父さんにかわいがられてさ~。私なんか、お父さんはコワイっていうイメージだもん。”と小姉。
小姉は、小学生の時に居間に出しっぱなしにしてあったランドセルを窓から隣の畑に投げ捨てられたりしたらしいけど、私はそんな思い出はない。

私は、父の会社の旅行に必ず(といっていいぐらい)連れて行ってもらったし、保育園に迎えに来てくれたクルマの中には、
いつもチョコレートが置いてあった。”食べていい?”と聞くと、”おお、いいぞ。”
後で聞いたら、他の兄弟がクルマに乗ってそのチョコを食べて良いか聞くと、それは私にあげるモノだから食べちゃダメといっていたそうだ。
他にも、母から聞くと、赤ちゃんの時にお風呂に一緒に入ったのは私だけ、まだ首がすわらないうちにお風呂に入れたときには、
私が浮いちゃって父はあたふた、慌てて母も一緒にお風呂に入ったけど、それからは私の首がすわってから入れるようになったそうだ。
ご飯を食べるときも、私をヒザに乗せて食べていたらしい。私も父のヒザの上に座ってご飯を食べた記憶が少しある。
そして、たくあんとか白菜の漬け物とかをよくもらっていたっけ。
保育園の運動会、母が一緒に行こうと誘ったけれど”オレは行かない。”と断ったクセに、道路の脇から(こっそり?)見ていたこと、
小学生の時に入っていた合唱団の迎えにも来てくれたときも、”オマエも一緒に行くんだ。”と、わざわざ母と一緒にきていたこと。

そのときは、単なる”お父さん”であった父が、だんだんと一人の”人”として人間味を帯びてくる。
今、そんな私が子供の時の話ができたらどんなに嬉しいだろう。
母が、上記のようなことを言ったら、父は一体どんな顔をするんだろう。”そんなことない。”って反論するのかな?テレながら。

うーやんのーやん、じいじに会えなくて残念だったね。絶対かわいがってもらえたのにね。(イヤ、どこかで会ってたかも?)
お父さん、うーやんとのーやんを見守っててください。
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2009.05.11 11:27 | 育児 | トラックバック(-) | コメント(-) |
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